この記事では、相手をどのように扱うかにかかわる「待遇表現」とその教え方について解説します。日本語教員試験のキーワード学習や授業計画にぜひお役立てください。
待遇表現とは
皆さんは「待遇」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。一般的に「待遇」といえば会社などの給与や福利厚生を指して「待遇がいい・悪い」などと言ったりしますが、本来「待遇」は「相手をもてなす・扱う」という意味を持つ言葉です。
今回扱う「待遇」は言語学の分野での「待遇表現」。待遇表現とは「相手や自分をどう扱うか」に関わる表現で、上下関係や親疎(親しいかそうでないか)など、相手との心理的、社会的距離を表す表現のことを言います。
おそらく一番聞きなじみがあるのは敬語でしょう。「敬語」とは、主に相手や聞き手の立場を高めたり話し手がへりくだったりすることによって敬意や配慮を表す表現のことで、相手の行動を高める尊敬語、自分の行動を低める謙譲語、聞き手に対し丁寧さを表す丁寧語などがあります。
日本では小学校から国語の授業で敬語を学習しますが、日本語教育では、一般的に初級後半から敬語の学習が始まります。
敬語の例1)
「お~します/ご~します」「お~になります/ご~になります」などの形で謙譲や尊敬語を表すもの
・持ちます→「お持ちします(謙譲語)」「お持ちになります(尊敬語)」
・話します→「お話しします(謙譲語)」「お話しになります(尊敬語)」
・確認します→「ご確認いたします(謙譲語)」「ご確認ください(尊敬語)」
敬語の例2)
通常の言い方と敬語でまったく別の語彙を使うもの
・言います→「申し上げます(謙譲語)」「おっしゃいます(尊敬語)」
・行きます・来ます→「伺います・参ります(謙譲語)」「いらっしゃいます(尊敬語)」
待遇表現は敬語だけ?
「待遇表現」は敬語だけではありません。「待遇表現」は、相手への配慮、社会的・心理的距離の調整に関わる表現や言語行動全般を含む広い概念で、相手に対して丁寧さ・親しみやすさを出して受け入れやすさを高める表現、反対に相手に対して距離をあける表現や非言語行動も含まれます。
例)
・「やって」ではなく「やってくれると助かる」などの言い方をする
・「ちょっと」「実は~んだけど」などのクッション言葉を入れる
・「~てしまったものだから」など理由を付け加える
・「お忙しいところすみませんが」などの前置きをする
・優しいトーン、スピードや表情で話す(非言語的要素)
・話の内容に合わせて声の大きさや表情を変える、
・親しみを込めて「ですます」だけでなくあえて「へ~!」「あ、それはいいね!」などのタメ口を使ったり、あだ名を使う
・普段はタメ口でも、怒っている時や深刻なお願いをするときだけ敬語を使うなど
言語だけでなく、非言語的な要素や「あえて丁寧な言い方を使わない」という行動も、相手との距離を調整するための言語行動のひとつとして考えられるんですね。
親愛表現、自尊表現、尊大表現、軽卑表現
敬語以外の待遇表現については、次のようなものがあります。
1. 親愛表現
親密さや仲間意識など親しさを表す表現。仲良くなった人に敬語を使わずに話す(いわゆる「タメ口」で話す)ことや、終助詞「~ね」「~よ」などをつけること、名前を呼び捨てにしたり呼び名をつけたりすることも親愛表現に含まれます。
2. 自尊表現
丁寧な話し方をすることで、自分を教養やマナーのある人物であると表現する。相手にいい印象を与えたい場合などは皆さんも丁寧に話そうとするのではないかと思います。
3. 尊大表現
話し手が相手に対して自分を高く置く(自ら自分を高める)表現です。
例:「俺様」「ほめてつかわす」「くれてやる」など
4. 軽卑表現
話し手が、相手を低める表現です。相手を下に見たり侮辱したりする意味合いが生まれます。
例:「貴様」「てめえ」「馬鹿ども」など
これはバトル漫画や大河ドラマなどのセリフ(敵に対して言うセリフや、殿様が家臣に対して使うような話し方)を考えるとわかりやすいかもしれません。
よくアニメなどで悪役のキャラクターが「ハハハ、返り討ちにしてくれるわ!」などと叫んでいるシーンがあったりしますが、なぜ相手に恩恵がないにもかかわらず「~てくれる」という表現を使っているのでしょうか。これはおそらく、本来受け手に恩恵があることに使うべき「くれる」をわざわざ反対の場面で使うことによって、相手を挑発するようなニュアンスを生む「尊大表現」の一つだと考えられます。こんなふうに分析して考えていくと、キャラクターのセリフ一つをとっても言葉の機能が隠れていることが分かりますね。
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使うべき待遇表現を間違えると、どのようなコミュニケーショントラブルが起こる?
待遇表現の中でも、なぜ・そしてどのように相手への話し方を変えているのかを扱う分野として「アコモデーション理論」というものがあります。同じ話の内容であっても、私たちは相手との関係性や場面によっていろいろな言い方を変えています。赤ちゃんに対して話すときの話し方を「ベビートーク」、外国人に対して話すときの話し方を「フォリナートーク」などと言うことがあります。
アコモデーションは、相手をどう扱うか、どう受け入れるかという心的態度を表明するものです。アコモデーションを間違えると、相手を傷つけてしまったり不快にさせてしまったりするかもしれませんし、場にそぐわない表現とみなされ、周囲からマイナスの心的評価を受けてしまうこともあります。
言っていることは同じでも、言い方を間違えれば相手を不快にさせてしまうこともあるのが言語の難しいところです。皆さんも、そのような経験が一度はあるのではないかと思います。
例えば「待ってほしい」という場合でも、
1「ちょっと待ってね」
2「少々お待ちください」
3「お待ちいただけますでしょうか」
4「もう少々お待ちいただくことは可能でしょうか」
など、言い方はいくつもあります。もし会社の上司に対し1のような表現を使ってしまえば社会人としてのマナーを疑われてしまいますし、学生が先生に対し2のような話し方をした場合でも、やはり不自然です。
本来、こうした表現の違いは社会的な文脈の中で覚えていくものです。母語話者の場合、子供から大人の社会生活に進んでいくにしたがって、親しく直接的な話し方からより複雑で丁寧な物言いを覚えていきます。
いろいろな人が表現を使い分けている様子を経験的に理解し、場面・相手との距離感や感情と言語が結びついて記憶されていきます。しかし、外国語学習の場合は学習言語に触れる機会が少なく、どうしても「社会的な言動と言い方そのものを同時に学ぶ」という経験が不足しがちです。そのため、表現ごとのニュアンスや心的な態度までイメージすることが難しくなります。意味から学習していくため、頭の中で「表現ごとの社会的な棲み分け」がされていない状態になりやすいのです。
これは決して「教科書で学ぶことが悪い」ということではありません。成人の学習者の場合は構造立てられたカリキュラムで論理的に理解する学習が必要です。ただ、そうした経験則的な部分を補うために、言語的な意味だけでなく「どんなとき、だれと、どんな距離感で、どんな意図でその表現を使うのか」という社会的な意味も理解し、適切に使えるように指導していく必要があるのです。
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日本語学習者へ教える際に注意すべき点
日本語教育の現場ではどのように待遇表現を教えるのでしょうか。初級の段階で学習する待遇表現として代表的なものは「授受表現」や「敬語」です。特に「褒める」「労う」「尋ねる」「依頼」など、相手に直接働きかけをするような場面では待遇表現が問題になりやすく、注意して指導する必要があります。
待遇表現を授業で扱う際のポイント

・表現ごとの丁寧さのレベル
「~てください」「~てくれない?」「~てもらえない?」「~ていただけませんか」など、丁寧さのレベルや相手・場面による使い分け、距離感がわかるような例文、場面を例に出して、表現ごとの「社会的な位置づけ」を教えます。
・受動態・能動態・授受表現の使い分け
初級では基本的な動詞文に加え、「もらう」「くれる」などの授受表現や「~される」などの受身表現を学習します。日本語では「お母さんに宿題やれって言われた(受け身=不満)」「お姉ちゃんに教えてもらった(授受=感謝)」など、心情に合わせた表現を日常的に使いますが、このような表現があまり使われない言語もあります。学習者が、「×先生が日本語を教えましたね」「×先輩は私を助けましたから大丈夫です」などと言うことがあるのはこのためです。特に授受表現を抜かしてしまうと相手への敬意が薄く感じられてしまうこともあるため、注意が必要です。
日本語の待遇表現を理解するために押さえておきたい用語
1)相対敬語
日本語は「相対敬語」です。年上なら100%敬語、友達なら100%普通体(ため口)というわけではなく、社会的、心理的な距離によって使い分けられています。
・相手の年齢にかかわらず、仕事では敬語を使う。あるいは、業種や個人によっては仕事でも敬語を使わないことがある。
・同じ相手でも、仕事では敬語だが、雑談ではため口も混ざる
・子供の時はため口だったが、年を取ると親兄弟に対しても敬語で話すことがある
・普段は普通体でも、大切なお願いや謝罪をする時は敬語を使う
・怒っている時だけ敬語になる(距離を開けることで怒りを表現する)
・それまで敬語だった関係でも、仲良くなると普通体になる
など、いろいろな会話例に触れながら、相手との心的な距離などによって、どのように言葉が使い分けられているのかに注目させると良いです。
2)ウチとソト
日本語には「ウチ」と「ソト」の使い分けがあります。インターネットなどでは「日本語は排他的である」というような文脈で語られているのを見ますが、本来は「その場において一番敬意を表さなければならないのが誰なのかを表現している」と言った方が適切なのではないかと思います。
何を「ウチ」とするか、何を「ソト」とするかは相対的、流動的なものです。
たとえば社内で話す際は「上田部長がいらっしゃいます」、社外の人に対して話す場合は「部長の上田が伺います」と言うなど、社内と社外で敬語や敬称を使い分けていますよね。
しかし、もし仕事を終えて帰宅し、家族に次のように言った場合はどうでしょうか。
「うちの部長が社員みんなにお土産くれたんだ。食べていいよ。」
ここでは家族の一員として話しているため、家の中が「ウチ」、会社は「ソト」です。家族にとって部長は「ソトの人」にあたりますから、「部長が私の家族にお土産をあげた」とはいわず、「くれた」(あるいは「部長にもらった」)と言うわけです。また、家族の前でも部長に敬意を示す場合には「くださった」「いただいた」と言うこともあるでしょう。いずれにせよ、「部長がくださった」「部長がくれた」「部長に渡された」など、どのような待遇表現を使うかによって、話者が誰に焦点を当てているのか、また、誰に敬意を持っているのか・いないのかまで読み取れてしまうのです。授業でここまで細かい情報をすべて扱うことは難しいかもしれませんが、折に触れて話者同士の関係や感情を考えさせるような問いかけを学習者に投げかけるようにすると、学習者もアンテナが張れるようになっていくと思います。
2)非直接的なコミュニケーション
待遇表現の理解のためには、社会文化的な背景の理解も不可欠です。
例えば日本語では一般的に、
・目上の相手の能力を聞いたり褒めたりすること
・目上の相手の希望を直接聞くこと
・目上の相手を直接的に労うこと
などの言語行動は避けるべきものと考えられています。学習者が「部長は何を飲みたいんですか」「お客様、何が欲しいですか」「先生は今日上手に教えましたね」などの文を作った場合、文法的には意味が通っても、待遇表現としては失礼にあたる可能性があることをフィードバックする必要があるかと思います。
待遇表現や待遇コミュニケーション自体は日本語だけにあるのではなく、どの言語にも存在しているものです。ただ、その程度やマナー規範に文化差があるという点は押さえておく必要があるでしょう。日本語でのコミュニケーションではどのように待遇意識が表れるかという視点で注目してもらうと、学習者の理解が深まるのではないでしょうか。
まとめ
「待遇表現」の理解は、日本語学習者が円滑な人間関係を築くための鍵となります。
教師としては、文法としての敬語を教えるだけでなく、その背景にある「心理的・社会的距離」をどう言語化するかという視点が欠かせません。今回扱ったさまざまな表現分類や社会文化的な背景を意識することで、より実践的で学習者の心に届く授業づくりに役立ててみてください。
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