エスノセントリズムとは?異文化理解で注意すべき考え方

エスノセントリズムとは?異文化理解で注意すべき考え方

エスノセントリズムとは何か。試験に出たことがある用語としての「エスノセントリズム」をしっかり教育現場レベルまで落とし込む事で勉強を勉強だけで終わらせない工夫を提言します。

目次


エスノセントリズムとは何か

エスノセントリズム、英語圏の人類学ではethnocentrismと表現されるこの言葉はethno-つまり民族、文化的集団、人種に関する言葉とcentrism中心主義が合わさった言葉です。「エスノセントリズム」とカタカナでの記載は言葉の成り立ちが少々見えにくくなってしまっているかもしれません。意味は「自分の文化こそがすべて」のように自分が所属する文化をさも中心に捉えて他の文化を判断することです。結果として他の文化を下に見る態度につながることもあります。

私たち日本人はご飯を食べるときお箸を使います。このお箸を使うということが当たりだとすると食事に箸を使わない文化圏は「野蛮」と考えてしまう可能性があります。このように、自分が所属する文化圏こそが全て、他は悪といった排他的考え方のベースになってしまう見解こそがエスノセントリズムです。

日本語教師として様々なバックグラウンドを持つ外国人学生を相手に教壇に立つとき、エスノセントリズムは単なる文法知識の不足より重大な問題を引き起こす可能性があります。

日本語教育と異文化理解の関係

想像してみてください。あなたは今日初めて学校へ行きました。クラスには色々な言語が飛び交っています。様子を見ながら恐る恐る隣の人に話しかけたらウズベキスタン出身でした。あたりを見渡すとやはりさまざまな国の出身者がいる模様です。授業前の雑談はこれから始まる学習に不安と期待を抱かせてくれました。授業が始まる直前、先生が教室に入ってきました。開口一番「主食がジャガイモじゃない国出身者は話にならん!」と言ったとしましょう。どう感じるでしょうか?それまで持っていた不安や期待はすべて嫌悪に満ち溢れてしまうことでしょう。これはもはや文法の話以前の問題です。

実際ここまで極端な先生はいないと思いますが、日本語教育の現場では様々なバックグラウンドを持つ学生がたくさんいます。むしろ、日本語学校の教室にいる日本人はあなた一人といった方が適切かもしれません。初めて話した日本人があなただった、なんていう学習者が、もしかしたらいるかもしれません。日本人の代表になり得る日本語教師。あなたの考え方が「日本人全体」の印象を決めてしまうかもしれませんエスノセントリズムは注意すべき極めて危険な考え方といっても過言ではないでしょう。

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文化相対主義との違い

では、どういった考え方が健全なのでしょうか。この答えはcultural relativism文化相対主義です。ざっくり言うと「どの文化にもそれぞれの価値がある」という考え方です。

「主食がジャガイモじゃない国の出身者は話にならん!」と迷言を残した先生の例に戻りましょう。これを聞いた非ジャガイモ国の学生はさぞかし落胆したことでしょう。しかし、もし先生が「えー、ジャガイモもパンも米も麺も等しくうまい!」と言っていたらどうでしょう。そうです。これがcultural relativism、文化相対主義です。

ただ、正確には、

私はジャガイモが好き!しかし、パン、米、麺が劣っているわけじゃない

というほうが適切かもしれません。 

文化相対主義は、ある文化を文化的背景やコンテクストの中で理解しようとする考え方です必ずしもその文化を好きである必要はありませんが決して否定的に捉えず、「そういうのもあるよね」としておくスタイルが大事です。そうですね、「好きである必要はないが理解しようと努力してみる」くらいの表現がしっくりくるのかもしれません。

 

【試験対策】頻出ポイントと関連用語

もし世界が統一されて一つの文化しかなかったら、エスノセントリズムも文化相対主義の考え方も存在しなかったかもしれません。異なる文化があり、異なる文化背景を持つ人々が交流するからそこ、先述の概念が生まれるのです。
そして、その異なる文化背景を持つ者たちが交流することを異文化コミュニケーションと呼びます。時として試験用語は必要以上に難しく表現されることがありますが、実は私たちの身近なところにあるごく自然なことだったりすることも多々あります。

例えば「日本人は勤勉だ!」と言う先生がいたとします。確かに日本人の多くは勤勉なのかもしれません。が、必ずしも日本人全員が勤勉なわけではありません。少なくともここに一人、その「ステレオタイプ」から外れる人がいます。

このようにある集団の特徴をその集団に属するすべての人に画一的に当てはめて考えてしまうことをステレオタイプ」と言います。本当にわかりやすく言ってしまえば固定観念のようなものです。

試験に出てくる理論や用語は、内容を丁寧に考えればすごく身近なことを指しているのに、必要以上に難しい表現に偏ってしまっているのが実情なのではないでしょうか。

あなたが、日本語学校の教壇に立つその時、必ず異文化コミュニケーションは発生します。そして、もし目の前にいる学生を「○○国出身の人は一様に△△だ!」と思い込んでしまった場合それはステレオタイプによる分類をしているということになります。さらに、「日本の文化と比べて○○の文化は歴史が浅い」などと断言しようものならそれはエスノセントリズムに陥っている可能性が極めて高いと言えるでしょう。

ここでは敢えて試験用語を使いながら話を進めてみました。色々な国の人がいるから面白い。だからこそ教室は面白い。様々なバックグランドを持つ目の前の学生とコミュニケーションをするからこそインタラクティブな授業が生まれるのではないでしょうか。教壇に立つときはそんなことを思って授業に臨みたいものです。

 

指導のポイント

もう一つ、忘れてはいけない要素がありました。教室は色々な国の学習者と、日本代表の先生がいるすごく楽しい空間です。先生が学習者の文化的背景を受け入れる文化受容態度を示したとしても学習者間にエスノセントリズムがある可能性は否定できません。

また、仮に文化間の優劣をつける気がなかったとしても、文化的理由で区別が生まれてしまうこともあります。教師として教壇に立つ我々がいくら配慮に配慮を重ねても学習者間での摩擦が生まれてしまうこともあるのです。

文化の違いを理解するというのは、クラスの中では「ソーシャル」といった部分で扱うことがあります。ソーシャルは価値観や道徳観、文化の違いに気づきを得ることが目的とされる授業の内容です。

とはいえ、ソーシャルの授業を1回やればOK!というものではなく、考え方の背景に違いがあることを前提に、常日頃からクラスのみんなとうまく関わり合うことが大事になるのではないでしょうか。

今、クラスの中にネパール、カザフスタン、中国、ミャンマーの学生がいたとします。そして、クラスの活動で一緒にご飯を食べに行こうという話になりました。食べるものに制限がかかります。

以前、卒業を間近に控えたクラス、卒業前みんなで行う最後の活動ということで横浜へ行きました。午前中は遊覧船に乗ったり、散策したりきれいな海を楽しんでいました。午後になり、海風心地よいウォーターフロントから一転、ネオンに誘われ中華街に向かうことになりました。

ウズベキスタン、ミャンマー、モンゴル、中国、アメリカと様々な国出身の総勢概ね15名。ここに引率の先生2名が加わりにぎやかなメンバーでした。ご飯に関してどうするのか見守っていました。2年間一緒に勉強してきた仲間と最後にみんなでご飯をたべたいという気持ちからか、誰が言い出したわけでもなく精進料理のお店に落ち着いたことは印象深い思い出です。

 

まとめ

学習者はみんなそれぞれの想いを胸に日本に来ます。学生一人ひとりに違う価値観があり、それをファシリテートするのも先生の役割です。文法を教えるのはもちろん先生の大切な仕事ですが、文法以上に意識したほうがいいこともあるのではないでしょうか。様々な文化的バックグラウンドを持つ人々が同じ空間で同じ時間を過ごすからこそ異文化理解が求められます。エスノセントリズムという試験用語を少し深堀りしてみました。試験用語の中でも実践できるものがたくさんあります。TCJの試験対策講座を活用してたくさんの「使える」用語を学びましょう。

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