アコモデーション理論とは、相手や場面に応じて話し方を調整するコミュニケーション理論です。日本語教育や登録日本語教員試験で問われやすいポイントを、具体例とクイズで解説します。
アコモデーション理論とは?
アコモデーション理論(Accommodation Theory)は、1970年代に社会心理学者のハワード・ガイルズ(Howard Giles)によって提唱されたコミュニケーション理論です。この理論では、人は会話の中で相手との関係性や状況に応じて、話し方や言葉遣い、話す速さ、声の大きさ、アクセントや発音などを無意識または意識的に調整すると考えられています。
この理論は、異文化コミュニケーションや第二言語教育の分野でも広く応用されています。例えば、日本語教師が学習者の理解度に合わせて話す速さや語彙を調整したり、学習者が日本人の話し方に自然と近づけようとしたりする行動も、アコモデーション理論によって説明できます。
アコモデーション理論は、「話し方」は単なる言語能力ではなく、人間関係や社会的な立場を反映する重要なコミュニケーション行動であることを示した理論として、現在も社会言語学や日本語教育の分野で広く活用されています。
次に、アコモデーション理論の重要概念「収束」「発散」「維持」を見ていきましょう!
収束(Convergence)とは?
収束(Convergence)とは、アコモデーション理論において、相手との心理的な距離を縮めたり、親近感や共感を示したりするために、自分の話し方を相手に近づけることを指します。話す速さや声の大きさ、語彙、発音、敬語の使い方などを相手に合わせることで、円滑なコミュニケーションを図ろうとする行動です。収束は必ずしも意識的に行われるとは限らず、自然に相手の話し方に影響を受けることもあります。
例えば、日本語教師が初級学習者に対して、普段よりゆっくり話し、簡単な語彙や短い文を使って説明するのは収束の一例です。また、友人が関西弁で話していると、自分も「ほんまやね」「せやな」と自然に関西弁が混ざることがあります。さらに、職場で相手が丁寧な言葉遣いをしているため、自分も「ありがとうございます」「承知しました」と丁寧な表現を選ぶことも収束といえます。
また、私が仕事で英語を使う際、アコモデーション理論に当てはまる場面があります。 英語のネイティブの方と英語の非ネイティブの方では、無意識のうちに話し方を調整しています。英語の非ネイティブの方と話すときは、相手が理解しやすいように、できるだけ簡潔でシンプルな単語や文を選ぶようにしています。一方、英語のネイティブの方と話すときは、自然な表現を意識しながら、状況に応じてより幅広い語彙や表現を使うようにしています。このように、相手や場面に応じて話し方を調整することも、収束(Convergence)の一例といえるでしょう。
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発散(Divergence)とは?
発散(Divergence)とは、アコモデーション理論において、相手との違いや自分の立場、所属する集団の特徴を示すために、あえて相手の話し方に合わせないコミュニケーション行動を指します。話し方や言葉遣い、発音などの違いを維持または強調することで、自分のアイデンティティや価値観を表現したり、相手との心理的・社会的な距離を保ったりする目的があります。
例えば、関西出身の人が東京で生活していても、地元への愛着や誇りから関西弁を話し続けることは発散の一例です。また、専門家が一般の人との会話でも専門用語をあえて使い、自分の専門性を示す場合も発散と考えられます。さらに、外国語で話しかけられても、自国の言語で話し続けることで、自分の文化的なアイデンティティを表現するケースもあります。
発散は、相手を拒絶するためだけに行われるものではありません。自分らしさや所属集団への帰属意識を表したり、社会的な役割や立場を明確にしたりする目的で用いられることもあります。
個人的な体験を振り返ってみると、私は仕事の中で「発散」を行わないようにしています。日本語教師としては、相手に分かりやすく伝えることや安心して学べる環境をつくることを無意識で優先していて、自分のアイデンティティや立場を強調する場面はほとんどありません。
一方で、日本語の褒められたときの定型表現である「まだまだです」については、「これは日本では好まれやすい表現ですが、使うかどうかはあなた自身が選んでよいことですよ」と伝えるようにしています。日本文化を理解してもらう一方で、学習者自身の価値観やアイデンティティも尊重したいと考えています。
このように、自分自身のコミュニケーションを振り返ってみることも、アコモデーション理論を理解するよいきっかけになります。
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維持(Maintenance)とは、アコモデーション理論において、相手に合わせて話し方を変えることも、自分との違いを強調することもせず、普段どおりの話し方を続けるコミュニケーション行動を指します。収束(Convergence)のように相手へ歩み寄ることも、発散(Divergence)のように違いを際立たせることもなく、自分の話し方を維持するのが特徴です。
例えば、日本語教師が中級レベルの学習者に対して、特別に話す速さや語彙を変えず、普段どおりの自然な日本語で授業を進める場面が挙げられます。また、職場で初対面の相手と話す際、自分の普段どおりの丁寧な話し方を続け、相手がくだけた話し方でも、それに合わせて話し方を変えないケースも維持の一例です。
維持は、相手に無関心だから起こるとは限りません。相手が十分に理解できると判断している場合や、公平性や一貫性を保つために、あえて話し方を変えないこともあります。このように維持は、収束と発散の中間に位置するコミュニケーションのあり方であり、話し手が状況や目的に応じて「変えない」という選択をしている状態と考えられています。
私の経験では、年少者に日本語を教えていたときのことが思い浮かびます。小学生や中学生は、教師に対して友達に話しかけるようなカジュアルな言葉遣いをすることがよくありました。しかし、私も同じような話し方をしてしまうと、授業の緊張感が薄れたり、教師と子どもたちの適切な距離感を保ちにくくなったりすると考え、授業中は一貫して丁寧な言葉遣いを心掛けていました。相手の話し方に合わせて話し方を変えるのではなく、教師としての自分の話し方を維持していました。
試験で問われやすいポイント!
登録日本語教員試験では、提唱者であるハワード・ガイルズの名前や、収束(Convergence)・発散(Divergence)・維持(Maintenance)の違いを理解しているかが問われやすいポイントです。また、「学習者に合わせて話し方を調整する場面はどれか」といった具体例を通して、どの概念に当てはまるかを判断する問題が出題されることもあります。理論だけでなく、日本語教育の実践と結び付けて理解しておくことが重要です。
クイズをやってみましょう! これは収束・発散・維持のどれ?
問題例1:
次の場面は、どのコミュニケーション行動に当てはまるでしょうか。1)中級クラスのディスカッションで、学習者同士は「それ、いいね」「わかる」のようにくだけた話し方をしていた。教師はその雰囲気に合わせて普通体に変えることはせず、授業中の説明や指示では「では、理由も説明してください」「次に、反対意見を聞いてみましょう」のように、丁寧体を使い続けた。
A. 収束(Convergence)
B. 発散(Divergence)
C.維持(Maintenance)
正解:C.維持(Maintenance)
問題例2:
次の場面は、どのコミュニケーション行動に当てはまるでしょうか。2) 東京の友人に「方言ってちょっときつく聞こえるね」と言われた関西出身の人が、「そう?でも、うちはこの話し方が一番自分らしいねん」と言って、その後も関西弁で話し続けた。
A. 収束(Convergence)
B. 発散(Divergence)
C.維持(Maintenance)
正解:B.発散(Divergence)
問題例3:
次の場面は、どのコミュニケーション行動に当てはまるでしょうか。3)普段は自然な速さで授業をする教師が、初めて来日したばかりの学習者との面談では、漢語を避け「大丈夫です」「安心してください」など分かりやすい言葉を選んで話した。
A. 収束(Convergence)
B. 発散(Divergence)
C.維持(Maintenance)
正解:A.収束(Convergence)
どうでしょう、できましたか? このように、アコモデーション理論では、話し方の変化を「言語能力」だけでなく、相手との心理的距離や社会的関係を調整する行動として捉えます。
まとめ
アコモデーション理論は、話し方や言葉遣いの変化を単なる「話し方の癖」としてではなく、相手との心理的・社会的な距離を調整するコミュニケーション行動として捉える理論です。収束・発散・維持という3つの概念を理解すると、なぜ人は場面や相手によって話し方を変えるのか、その背景をより深く理解できるようになります。
日本語教育の現場でも、教師は学習者の日本語力や状況に応じて話し方を調整したり、あえて自然な日本語を維持したりと、日々アコモデーション理論に関わる実践を行っています。私も、教壇に立って学習者に分かりやすく伝えるために表現を調整する一方で、日本語の表現や文化を紹介する際には、学習者自身の価値観やアイデンティティを尊重することを大切にしてきました。そのため、この理論はコミュニケーション論だけでなく、授業づくりや学習者支援にも役立つ重要な考え方といえるでしょう。
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参考文献
Giles, H., Coupland, N., & Coupland, J. (1991). Accommodation theory: Communication, context, and consequence. In H. Giles, J. Coupland, & N. Coupland (Eds.), Contexts of Accommodation: Developments in Applied Sociolinguistics. Cambridge University Press.
Giles, H. (2016). Communication Accommodation Theory: Negotiating Personal Relationships and Social Identities across Contexts. Cambridge University Press.