暗示的知識とは、文法規則を意識せず「なんとなくわかる・使える」知識です。明示的知識との違いや第二言語習得における重要性、実際の日本語教育で暗示的知識を育てるための考え方を、具体例とともにわかりやすく解説します。
暗示的知識とは?
暗示的知識(implicit knowledge)とは、文法規則などを意識的に思い出さなくても、感覚や慣れによって使うことのできる言語知識です。
例えば、日本語母語話者は「学校に行く」というときに、「到着点を表すから『に』を使おう」と考えているわけではありません。なぜ「に」を使うのか説明できなくても、「ここは『に』が自然だ」と感覚的に判断できます。このように、規則を意識的に確認しなくても、言語の理解や産出に利用される知識が暗示的知識です。
一方、文法授業や参考書などを通して学び、規則として理解したり説明したりできる知識を「明示的知識(explicit knowledge)」といいます。
暗示的知識と明示的知識の違い
明示的知識は「ルールを理解し、説明できる知識」、暗示的知識は「ルールを意識しなくても、なんとなくわかる・使える知識」と考えると、両者の違いをイメージしやすくなります。
例えば、「移動の到着点には助詞『に』を使う」と説明できても、実際の会話ですぐに「に」を正しく使えるとは限りません。反対に、理由は説明できなくても、「学校で行きます」より「学校に行きます」のほうが自然だと直感的に判断できることもあります。
日本語教育の現場では、動詞の「て形」にも興味深い違いが見られます。初級の日本語クラスでは一般的に、「書く→書いて」「読む→読んで」のような音変化の規則を明示的に学び、その規則を当てはめて「て形」を作ることが想定されています。
ところが、実際に教えていると、何度ルールを提示しても音変化の規則そのものはなかなか覚えられないのに、学習した「て形」が増えるにつれて、直感的に形を作れるようになる学習者もいます。「聞いて」「歩いて」「働いて」など、それまでに接してきた多くの用例をもとに、規則を意識的に確認しなくても「書く……書いて」のように正しい形が出てくることがあるのです。
もちろん、このような直感的な判断が常に正しいとは限りません。重要なのは、「文法規則を説明できること」と「その文法を実際に使えること」は同じではないということです。
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言語習得に暗示的知識が重要なのは、実際の言語使用には、明示的な文法規則を知っているだけでは適切な表現を判断できない部分が多くあるからです。
例えば、助詞には基本的な機能を規則として説明できても、すべての使い分けを単純なルールだけで判断することが難しい場合があります。また、「薬を飲む」「写真を撮る」のようなコロケーション(語と語の自然な組み合わせ)や、その場面に合った自然な語彙の選択も、文法規則だけから導き出すことはできません。
さらに日本語では、相手との関係や場面、文脈によって適切な表現が変わることがあります。尊敬語や謙譲語についても、活用の規則や形を覚えるだけでなく、「誰が誰に対して、どの場面で使うのか」を判断する必要があります。
こうした言語項目は、教師が規則を説明することだけで習得が完結するものではありません。学習者が実際の日本語をたくさん聞いたり読んだり、さまざまな場面で使ったりする中で、「この場合はこちらの表現が自然だ」という感覚が少しずつ形成されていきます。
日本語教育の現場でも、何度説明してもなかなか定着しなかった助詞や語彙表現を、学習者が多くの日本語に触れ、実際に使う経験を重ねるうちに、いつの間にか自然に使うようになることがあります。
このように、明示的な規則だけでは捉えきれない言語の規則性や自然さを、実際の言語経験を通して身につけていくところに、暗示的知識の重要性があります。
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暗示的知識は、明示的知識のように、教師が規則として明確に示し、学習者が意識的に理解することのできる知識ではありません。教師にできることの一つは、教室で学習した日本語と、実際に使われている日本語が「再会」する機会をできるだけ多くつくることです。
例えば、教室で「~てもいいですか」という表現を学んだあと、実際の会話や動画などで「ここ、座ってもいいですか」「写真を撮ってもいいですか」といった表現に出会う。同じ表現に異なる文脈で何度も触れることで、学習者自身がそこにある規則性や使われ方を捉えていく可能性があります。
ただし、同じインプットを与えれば、すべての学習者が同じように暗示的知識を形成するわけではありません。言語データから無意識に規則性を見いだす力には個人差があります。そのため教師の役割は、暗示的知識を「教える」ことではなく、学習者が実際の日本語から規則性を発見できる可能性を高めるような、豊かな言語経験を用意することだといえるでしょう。
登録日本語教員試験対策として重要な点
日本語教員試験の出題範囲には、「言語と心理」の領域として「言語学習」「習得過程(第一言語・第二言語)」「学習ストラテジー」などが含まれています。
試験対策では、「暗示的知識=なんとなくわかる・使える知識」と用語だけを覚えるのではなく、「明示的知識=規則として意識的に理解し、説明できる知識」と対比して理解しておくとよいでしょう。また、明示的に規則を学ぶことと、実際のコミュニケーションで意識せずにその言語を使えることは同じではない、という第二言語習得の視点も押さえておくことが大切です。
それでは、例題を通して、ここまでの内容を理解できているか確認してみましょう!
問題例1:
次のうち、暗示的知識の例として最も適当なものを一つ選びなさい。1.「移動の到着点には助詞『に』を使う」と、文法規則を説明できる。
2.動詞の「て形」の作り方を、活用規則を思い出しながら説明する。
3.理由は説明できないが、「学校で行きます」より「学校に行きます」のほうが自然に感じる。
4.「薬を飲む」という表現を「薬+を+飲む」のように文法的に分析できる。
正解:3
暗示的知識とは、文法規則を意識的に思い出さなくても、「こちらのほうが自然だ」と感じたり、実際に表現を使ったりする際に働く知識です。一方、1、2、4は、言語の規則や用法を意識的に理解し、説明しているため、明示的知識の例と考えられます。
問題例2:
第二言語習得における暗示的知識について、最も適当なものを一つ選びなさい。1.文法規則を正確に説明できれば、暗示的知識も必ず形成されている。
2.暗示的知識は、教師が文法規則として明確に説明することで直接与えることができる。
3.暗示的知識による直感的な判断は、常に正しい。
4.学習者はさまざまな言語経験を通して、明示的な規則を意識せずに言語の規則性を捉えることがある。
正解:4
文法規則を説明できることと、実際の言語使用で意識せずに使えることは同じではありません。また、暗示的知識による判断が常に正しいとは限りません。学習者がさまざまな言語経験を重ねる中で、規則性を暗示的に捉えていくことがあります。
まとめ
暗示的知識とは、文法規則を意識的に思い出さなくても、「なんとなくこちらが自然だ」と判断したり、実際のコミュニケーションで使ったりする際に働く言語知識です。一方、明示的知識は、文法規則などを意識的に理解し、説明することのできる知識です。第二言語の習得では、明示的な規則だけでは捉えきれない言語の規則性や自然さを、実際の言語経験を通して身につけていくことも重要です。
私自身、日本語を教える中で、文法規則を何度説明しても定着しなかったことが、多くの日本語に触れるうちに自然に使われるようになる場面を見てきました。教師が教えたことが、そのまま学習者の「使える日本語」になるとは限りません。だからこそ、規則をわかりやすく伝えることに加えて、学習した日本語と実際の場面で何度も「再会」できるような機会をつくることも、日本語教師の大切な役割だと考えています。
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Ellis, R. (2004). The definition and measurement of L2 explicit knowledge. Language Learning, 54(2), 227–275.
Ellis, R. (2005). Measuring implicit and explicit knowledge of a second language: A psychometric study. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 141–172.
Ellis, N. C. (2005). At the interface: Dynamic interactions of explicit and implicit language knowledge. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 305–352.
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